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熊本地方裁判所 昭和57年(ワ)292号 判決

原告

本山国雄

被告

株式会社熊本駅構内タクシー

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一三七六万一七〇六円および内金一二五一万〇六四二円に対する昭和五五年六月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年六月六日午前七時五〇分頃

(二) 場所 熊本市本山町三五二番地白坂商会前熊本停車場線

(三) 加害車

(1) 車種 普通乗用自動車(タクシー)

(2) 車両番号 熊55あ9314

(3) 保有者 被告

(四) 態様 原告が、自動二輪車で本山方面から熊本駅方面に向けて進行していたところ、先行車である被告の従業員緒方芳郎の運転するタクシーが乗客を乗せるため急に道路左端に進行を変え、急停止した。

そのため原告運転の自動二輪車が右タクシーの左後方バンパー付近に追突したものである。

(五) 傷害 原告は、本件事故により右脛骨開放性骨折、右膝蓋骨骨折、右膝打撲関接内血種および左膝擦過傷、左手背擦過傷の傷害を負い、左記期間の入院加療をよぎなくされた。

その結果、昭和五六年一一月二六日に症状は固定したが、後遺障害等級九級の後遺症が残つた。

(1) 竹内病院

昭和五五年六月六日から同年一一月一四日まで入院(一六二日)

(2) 竹内病院

昭和五五年一一月一五日から同五六年六月三〇日まで通院(二二八日、内治療実日数一四二日)

(3) 竹内病院

昭和五六年七月一日から同年一一月二六日まで通院(一四九日、内治療実日数九八日)

2  責任原因

被告は原告に対し、加害車両の保有者として、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 治療費 二二八万六一九〇円

(二) 入院雑費 九万七二〇〇円

(三) 通院交通費 四万三二〇〇円

(四) 入通院慰謝料 一二六万〇〇〇〇円

(五) 休業補償 三七三万三三三三円

(六) 後遺症による慰謝料 三九〇万〇〇〇〇円

(七) 後遺症による逸失利益 一〇〇八万五八八〇円

(八) 右損害金総計 二一四〇万五八〇三円

(九) 過失相殺 本件事故における原・被告の過失割合は、二対八であるから(八)の損害金合計に〇・八を乗じた一七一二万四六四二円が被告の損害額となる。

(一〇) 損害の填補 すでに原告は自動車損害賠償保険から四六一万四〇〇〇円の支払を受けているので、右金額を前記(九)の損害額から控除すると金一二五一万〇六四二円となる。

(一一) 弁護士費用 本件交通事故と相当因果関係にある弁護士費用は一二五万一〇六四円である。

(一二) 本訴において請求する損害金総額 一三七六万一七〇六円

4  結論

よつて原告は被告に対し金一三七六万一七〇六円および内金一二五一万〇六四二円に対して昭和五五年六月六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項中、(一)(二)(三)(五)の本文中「昭和五六年一一月二六日病状が固定したが後遺傷害等級九級の後遺症が残つた」とする部分、ならびに(五)(1)は認める。(五)の本文中の前記以外の点は明らかに争わない。

(四)の事実は否認する。

(五)(2)および(3)の事実は知らない。

2  請求原因2項中、被告が事故車両の保有者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因3項中、(一〇)は認め、(四)(九)は否認する。その余の事実は知らない。

4  請求原因4項は争う。

三  抗弁

1  被告及び事故車両の運転者である緒方芳郎(以下緒方という)は本件自動車の運行に関し注意を怠つていない。

緒方は、タクシーである事故車両を運転して迎町方面から熊本駅方面に向け、片側二車線の外側車線上を時速約三五キロメートルの速度で進行中、約二八・八メートル前方左側歩道上に客を認めた。

そこでブレーキを踏みながら、左折の方向指示器を点燈し、ルームミラーおよび左サイドミラーで後方確認を行つたところ、自車後方に自車と同一方向に進行中の原告運転の自動二輪車(以下原告車という)を認めたため、右原告車を路側帯を利用して先行させるべく、路側帯に進入せず、前記客の佇立位置を通りすぎて停車したところ、折から緒方運転のタクシーの後方約一五メートル付近を時速約四〇キロメートルの速度で進行していた原告が、緒方がブレーキをかけていることに気付き、減速しながら左へハンドル操作を行つたが間に合わず、自車右側部が停車した緒方車左側後部に衝突した。

緒方は客を乗車させる必要上停車したものであるが、後方から追従中の原告車に気付き、これを先行させようと思つて路側帯に進入せず、しかも原告車による追突を予防するために急停車をせず、その結果客の位置を通りすぎて停車している。

このように、緒方は停車するに当つて、できるかぎりの注意を払つているので、被告および緒方に過失はない。

2  本件事故は、専ら被害者である原告の過失によつて発生したものである。

すなわち、原告はタクシーである緒方車に追従するに当つては、前方の安全確認を十分に行い、前車の動静に注意し、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作するなど安全な速度と方法で運転する注意義務があるのに、これを怠り、前方に対する注視を怠つたまま漫然と進行したため、前方の緒方車の減速、停止に気付くのがおくれ、且つハンドル、ブレーキの操作を誤つた結果、緒方車に追突したものである。

3  被告の保有する自動車である前記緒方車には、構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 「被告および運転者緒方は本件自動車の運行に関し注意を怠つていない。」とする点は否認する。

(二) 「緒方は事故車両………時速約三五キロメートルの速度で進行中」のうち、時速約三五キロメートルとする点は否認し、その余は認める。事故車両の速度は時速約四〇キロメートルであつた。

(三) 「約二八・八メートル前方の左側歩道上に客を認めた。そこで………佇立位置を通りすぎて停車したところ」との点は否認する。

(四) 「折から諸方運転の………緒方車左側後部に衝突した。」との主張のうち、「自車右側部が停車した緒方車左側後部に衝突した」との点は否認し、その余は認める。

衝突したのは原告の右足と緒方車後部バンパーの左角である。

(五) 「緒方は客を………緒方に過失はない。」の点は否認する。

2  抗弁2については否認する。

3  抗弁3については否認する。

第三証拠

本件記録中、証拠関係目録記載のとおりであるのでこれを引用する。

理由

一  事故発生の状況について

原告主張の日時場所において、緒方運転のタクシーに原告運転の自動二輪車が衝突する事故が発生したことは、当事者間に争いがない。右事故により原告が原告主張の如き傷害を負つたことは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

そして右争いのない事実に、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙一号証の一ないし六、証人緒方芳郎の証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、熊本市迎町方面から熊本駅方面にほぼ東西に通ずる県道上にあり、現場付近の本件道路は歩車道の区別のあるアスフアルト舗装で、片側二車線(道路中央寄り車線の幅二・七メートル、外側寄り車線の幅二・九メートル)計四車線となつており、東行西行各車道と歩道との間に幅一・七メートルの路側帯が設けられている。また現場は、見通しのよい、平たんな直線の部分で、信号機もなく交通量も普通の場所であり、現場の路面は事故当時乾燥していた。なお現場付近の最高速度は時速四〇キロメートルに制限され、駐車禁止とはなつているが停車は禁止されていない。

2  事故当時緒方は、タクシーである事故車両(車体の長さ四・二六メートル、幅一・六一メートル、高さ一・三九メートル)を空車の状態で運転し、本件道路を西行し、外側車線を時速四〇キロメートル前後の速度でやや路側帯よりに進行し、本件事故現場である熊本市本山町三五二番地白坂商会前路上(別紙見取図〈1〉点)にさしかかつたところ、左前方約二六メートルの歩道上に手を挙げている客を認めた。

そこでブレーキを踏みながら別紙見取図〈2〉点あたりまで減速しつつ直進し、バツクミラーで自車後方の確認を行つたところ、自車から一五メートル程後方を路側帯の区画線(車道外側線)の右側に沿つて自車とほぼ同じ速度で追従してくる原告車を発見した。

この時緒方は、原告車を自車の左側方、つまり路側帯を通過・先行させた後客を乗車させようと考え、自車の左車輪がほぼ路側帯のラインに接するぐらいわずかに左へハンドルを切つたうえ、自車の急停止による原告車の追突の危険を考慮し、急停車を避け、別紙見取図〈A〉点の客の位置を通りすぎてから停車することとした。このようにして緒方が事故車両を止めた地点が別紙見取図〈3〉点である。この際、緒方は左折の方向指示器を点燈していない。また緒方車と原告車が衝突したのは緒方車が停車した直後である。

3  一方事故当時原告は午前八時までに熊本市蓮台寺の仕事場に行く予定で自動二輪車(車体の長さ一・八メートル、幅〇・七メートル、高さ一・二メートル)を運転し、本件道路を西行し、外側車線の路側帯の区画線のほぼ右側を時速四〇キロメートル前後の速度で進行していた。そして、本件事故現場にさしかかつた時、原告は、原告車の約一五メートル前方の同一車線内に先行する緒方車がほぼ同程度の速度で西行しているのを認めた。原告車は、緒方車に追従する形で事故現場である熊本市本山町三五二番地白坂商会前にさしかかり、前記〈3〉点に停車した緒方車の後部左角付近(別紙見取図〈×〉点)に自車の前部、右前方向指示器付近を衝突させ、衝突後は車にまたがつたまま緒方車の左側方を通過する形で進行し、二輪車の前部を歩道に乗りあげる形で別紙見取図〈イ〉点で横転し停止した。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲その余の証拠に照らして信用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

二  責任原因について

1  被告が緒方車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。したがつて被告は自賠法三条本文により、同条但書所定の免責の主張が認められない限り、本件事故による損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

2  そこで前掲証拠ならびに熊本南警察署署長に対する調査嘱託に関する回答の結果を総合し、被告の免責の主張について判断する。

まず緒方は適正な場所に、適正な方法で停車したか、その際停車するに際して運転者に課されている注意義務、すなわち合図する義務(道交法五三条・道路交通法施行令二一条)及び後方の安全を確認すべき義務をつくしたか否かについて検討する。

(一)  停車は適正な位置に適正な方法で行なわれたか。

道路交通法四七条一項は停車に関し一般原則を定め「車両は……停車するときはできる限り道路の左側端に沿い、かつ他の交通の妨害とならないようにしなければならない。」とするが、特に本件事故現場のように停車が許される路側帯が設けられている場所について三項で「………前二項の規定にかかわらず、政令で定めるところにより当該路側帯に入り、かつ他の交通の妨害とならないようにしなければならない。」と規定する。そして右規定を受けて道路交通法施行令一四条の五第二項一号は本件現場のような「歩行者の通行の用に供する路側帯に入つて駐停車するときは、当該路側帯を区画している道路表示と平行になり、かつ当該車両の左側に歩行者の通行の用に供するため〇・七五メートルの余地をとること」としている。

ところで、前記認定事実によれば緒方車は、現場道路の左側端に沿つて停車してはいるが左側路側帯に入つてはいないので、前記道交法規に違反した停車方法をとつたのではないかが問題となる。

しかし、前記認定事実によれば、緒方において前記のような停車方法をとつたのは、同所において客を乗車させるために停車したというよりは、後方から進行して来る原告車との衝突を回避する目的が主たるものであつたことが窺われるのであり、そしてかかる危険回避の目的による一時停車をする場合には、前記道路交通法ないし同施行令所定の方法によらない停車も当然許されるものと解されるところであるから、緒方のなした前記停車方法をもつて不当視することはできない。また緒方としては、前記認定のように停車前にバツクミラーで自車の後方を、ほぼ路側帯の区画線の右側に沿つて走行してくる原告車を認め、自車の左側を通過させようと思い、道路左側端に車をよせて停止させることとしたのであり、原告車の走行位置および路側帯の幅(一・七メートル)ならびに原告車の幅(〇・七メートル)から考えて、原告の通行の妨害となる停車方法をとつたものとはいえないし、また本件の場合には明確ではないが、中央車線寄りの走行帯の交通量が多い場合には、前記のような停車方法が自動二輪車に対する配慮として適切な場合があることも否定しえないと思われる。そうだとすれば本件においては緒方が路側帯に入らずに停車したという点をもつて不適切な停車方法と認めることはできない。

さらに緒方が客の佇立していた別紙見取図〈A〉点を通りすぎる形で停車した点についても前記認定のとおり右は急停車による原告車の追突を避けるために行われたものであり、そして、前掲証拠によれば、緒方がブレーキをかけたと認められる別紙〈1〉点から客の佇立位置〈A〉まで二五・八メートル、現実の緒方車の停止位置〈3〉まで三一・四メートルあること、さらに時速四〇キロメートルで走つている車が急制動をかけ停止するまでには約一六メートルの距離を要することを考えれば、緒方のこの処置はむしろ用心深い適切な処置だと思われる。

以上によれば、緒方車の停車は適正な位置に適正な方法で行なわれたものと認められる。

(二)  次に緒方は停止するに当り道交法五三条一項によつて定められている合図をする義務をつくしたといえるか、という点につき検討するに、後に述べるとおり緒方車には構造上の欠陥および機能の障害がなかつたことが認められるので、停止するに当り適法な停止合図がなされたことは明らかである。

そこで緒方車が、前記認定のとおり左折合図をなさず、停止するに当り左方向へわずかに寄つたと認められる点(乙一号証の二によれば〇・五メートル)が問題となるが、前述のとおり、緒方は原告をして左側方を通過させようと意図していたこと、左方への進路の変更がわずかな幅にとどまること、さらに左折合図をした場合かえつて原告をして緒方車が路側帯に入り込む形で停止するのではないかと錯覚させるおそれが強いことを考慮すれば、緒方が停止するに当り左折合図をしなかつたことをとらえて道交法五三条一項に違反し、かつ停車するに当つて合図をなす義務をつくさなかつたとすることはできない。

(三)  また緒方は停止するに当り、バツクミラーを用い、後方の安全を確認している。よつて後方の安全を確認する義務という点においても注意義務違反があつたものとは認められない。

そして以上の事実および原告車にはハンドル・ブレーキの故障もないと認められること、原告車はほぼ一直線に走行した後追突していること、原告がブレーキをかけたとする明確な証拠はないことを考えると、本件事故は、原告において前方の安全確認を十分に行い安全な速度・方法で運転すべき注意義務があるのに、前方に対する注視を怠つたまま進行したため、前方で停止した緒方車に気づくのがおくれ、同車に追突したものと認めるのが相当である。

よつて本件事故は、もつぱら原告の過失によるものと認められる。

また以上によれば、被告も本件事故の際被告保有車(事故車)の運行に関し注意を怠らなかつたこと、緒方車に構造上の欠陥および機能の障害のなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

3  したがつて、被告には本件事故による損害賠償責任はないものといわなければならない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弘重一明)

別紙 見取図

〈省略〉

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